私の考える市会議員の役割.

私の考える市会議員の役割


 最近ある商業地域の近くで家庭菜園をしていた女性と知り合いました。たまたま彼女が倉敷の出身ということで親しくなりました。倉敷市は私の主人の出身地で私も訪ねたことのある土地で

 弾んだ彼女との話の中で、茨城県の農家の人は少々恵まれすぎていて細い配慮せず農地を使っているのでは?との不満話が出てきました。草が伸び放題だったり、すぐに除草剤を使って草を処理してしまうことが多いと言います。彼女が言う除草剤をよく使う農地というのは彼女の家庭菜園の近くにあり、規模的には農家としては小さ過ぎて、ほとんど使うだけの理由がない土地でした。

 農家に生まれ育った私には、除草剤を撒く農家の気持ちがよく分かりました。彼としては、自分の農地で害虫が繁殖したり草の種が飛んだりして、近く家庭菜園を楽しんでいる市民に迷惑をけたくないという動機で除草剤を使っているのだろうと想像できました。しかし家庭菜園を楽しむ彼女には除草剤身近なものではなく毒物としか思えない物質で、まさか農家の人が、彼女の家庭菜園の害虫防除のために除草剤を使っているとは思いいたらなかったのです。 それどころか彼女には、農家の嫌がらせにも、思える行動だったのです。すれ違う善意、誤解による悪意が生じていました。

 農地としては狭すぎても家庭菜園としては数家族が使えるだけの広さがあり、家庭菜園をやりたい人はいっぱいいるとの話から、彼女の気持ちには誤解から生じた不満があることが理解できました。

 農家がもてあましている農地は多く存在しますつくば市だけではなく、全国至る所に耕作放棄地が広がっています。広さは40万ヘクタール茨城県の面積の三分の二です。また家庭菜園をしたいと希望する市民も数多くいます。両者の誤解を解き、両者の間に立ってお互いに満足できるように解決策を提案していくことも市会議員の役割の一つであると考えています

 

15年ぶりの公開日記

15年ぶりに、はてなの日記を読み返した内容は覚えていることも、忘れてしまったことも多くあった。驚いたのは、自分の考えや、考え方がほとんど変化(進化)していないことだった。しかし、15年というのは、ヒトにとっては長い時間だ。55歳だった

私は70歳となり、自分の死を考え、死後のために働く時間が長くなっている。

一番安心して食べれる食べ物とは?

 どこの家でも外食でもしない限り、当然のことだが、毎日の食卓に食べ物が並べられる。それはおソバであったり、餃子であったり、カレーであったり、するだろう。私が食べているものも、多くの家庭で食されている料理と大同小異である。しかし、その中身がかなり異なっている。例えば餃子で言えば、使われているニラ、キャベツ、味噌、ニンニク、卵は私たち自身が作った自家製である。味噌も単に味噌を買ってきた材料をもとにして作ったのではなく、主原料である大豆と米は自分たちで栽培したもので、麹もその米を使い作ったものである。肉は自分たちで生産した物ではないが、親しくしている近所のおばあちゃんからの差し入れ品である。おばあちゃんも娘の嫁ぎ先が大手の肉屋さんで、娘さんが実家に持ち帰っている品物の一部をおすそ分けして貰った品である。
 このようにして、毎日私たちの食卓に並べられる九割以上の食品は、購入した品物ではない。

司法試験にのぞむある若者へのコメント

gfujioka2004-09-20

二年前に大学を卒業したけど、それまでやりたかった事が、ほぼ実現不可能と、キリを付けなければならない状況に陥った若者と知り合いました。彼は、大学でスペイン語を教えている女房の教え子で、スペインに行き頭を冷やそうと計画していました。でも、スペイン語がそれほど早く上達する訳もなく、私は彼がスペインに留学する事に反対でした。若者の間で麻薬が蔓延するスペインに目的も無く留学するのは危険過ぎると思ったのです。
現在彼は、農業を目指して、本当に燃えています。苺農家として一人立ちしようと努力しています。彼の周りには、貴方様に司法を目指している人、パイロットになった人、テレビ局のディレクターになった人、警察官になった人、そして、多くの同教生は、修士課程、博士課程で勉強を続けています。でも、半数、あるいはそれ以上の人は、当方の目からは実社会に出る時を遅らせるための時間稼ぎをしている様に思えてしかたありません。就職した人でも、それも、就活の勝利者とも言えるべき、有名企業に就職が出来た人も、そこでの状況に満足している様には見えません。少なくとも、私が支援している、新規就農者である彼ほどは、満足して働いていません。彼の労働環境は過酷です。太陽と共に働き始め、それも寒さ、暑さがもろに応える状況での肉体労働です。しかも、夜には栽培技術、営農技術、販売システムの構築の勉強、専門家との話し合いが待っています。
借金の重圧もあります。施設の構築、最初の年で通常なら1000万円分位の設備投資をその十分の一位の金額で行ないました。(廃棄されていた施設を移築したり、無償で借りたいしたのです。その分、他人に頭を下げなければなりません。)どう考えてみても過大なストレスがかかっている状況で、休みもなく働き続けています。所が彼はとても明るいのです。その理由は、自分のしている仕事の必要な理由が明確な事と、将来を信ずる事が出来ているからです。
だから、彼の周りには、彼を助けようとボランティアで手伝ってくれる人で一杯です。二週間前も、苺苗の移植(苺の生産では最も重要なイベントの一つ)では二十人以上の手伝いに来ていました。昨年は、それより多くの人が来てくれました。今年は、多過ぎたので人を厳選して少なくなったのです。
彼らの平均で言うと、二つの点で、日本最高水準にあると言えます。その年齢、二十代の前半、今の農家では60代ですら、若手です。そして、学歴の高さ。少なくとも学士様でした。
このことで、貴方に何が言いたいかと言うと、まず体を動かす仕事をしてみると言う事です。仮想現実の世界ではなく、真にリアルな世界での仕事です。私はと言えば新聞記者、イタリア語、スペイン語の通訳、翻訳、プログラマー、本の編集者、株式投資と色々な方法で仕事をし、お金を稼いできましたが、そのどれもが、仮想現実の世界での仕事だった様に思えます。
今は、野菜や果樹を育てたり、鶏や山羊を飼っています。これらで生活費を稼ぐ事はできないかもしれませんが、動物や植物は現実の世界の住民です。私が、少しでも手を抜くと、萎れたり、怒ったり、反抗したり、お願いベースで甘えてみたり、様々な反応があります。私は、現実の手段を使い、それに応えなければなりません。そうしないと、事態は急速に悪化します。動物達とせっかく築いた信頼関係が崩れたり、植物は実をつけなかったり、枯れたりするのです。
貴方も、現実の世界で汗をかくことをしたら、思考の振動にも似た、エネルギーだけを使い、成果のでない今の状況から抜け出れるのではないかと思います。実際、私の周りでは、多くの若者が肉体労働を通じて、暗くて悲観的な自己像を捨て、楽観的な世界観を持つ事に成功しています。
多分、人間のDNAには、肉体労働をするようにプログラムされていて、仮想現実の労働は未だ、自然な活動とは見なされていないのでしょう。
それでは、貴方が毎日わくわくして生活ができるように、願いながら、このコメントを終えます。

老後不安と年金不信

我が家の子猫達

今日の読売の一面に「老後不安」最高の83%との記事が掲載された。サブタイトルで「年金不信」も71%とある。特に三十代、四十代の人の10人に9人は、老後不安を抱え、二十代では、10人に9人は年金不信と強い不安を表明している。10年前と比べ、約20%の上昇とあるから、年金を信用できないことから来る経済的な理由による老後不安が増加したのだろう。
調査方法は、全国の有権者3000人250地点、層化二段無作為抽出法)、戸別訪問面接聴手法で実施し、有効回収数は1901人(回収率63.4%)と有るので、この統計的な数字は信頼がおけるものと思える。新聞記事では、年齢で区分けされているが、これを住居地域の都市化、あるいは所有資産、土地面積別に分析するともう少し面白い結果が得られたのではと思える。最も不安度が高いグループは、どの位の規模の都市に住む住人で、どの様な経済状況に置かれた人たちなのか。あるいはどの様な収入構造を持つ人達なのか。
例えば、僧侶は最も長生きをする可能性のある職業だそうだが、 当方が今までの人生で最も長いサラリーマン生活を送った新聞記者は、あまり長生きできる職業ではなさそうだ。先輩の定年を迎えた元新聞記者達の話を聞くと、定年して五年も経つと半数は鬼籍入りしているそうである。厳密な統計を取った訳ではないのだが、当方の実感とも一致する数字である。
平均余命の短いグループが、老後不安を抱える度合いが高いのか、それとも、経済的な困窮度が高いグループがそうであるのか、興味を覚える所である。
でも、当方の独断と偏見による推論であるが、不安度の低いグループは、平均余命とも経済水準とも関係なく、老後でも、何かすることを持てる人、あるいは存在を必要とする人が存在するか否かに、関わっている様に思える。
反対に言えば、地域社会と繋がりを持たないサラリーマン生活をしていた人が、定年になり、会社との繋がりを絶たれ、しかも年金が先行き目減りするのでは心配する状況が一番不安を助長する環境ではと思える。
しかも、やることは何も無い、存在を必要とする人も居ない。
この様な状況の人が増えれば増えるほど、社会は不安度を増していくのは当然だと思える。

家庭菜園と飼育中の動物

子ヤギ達、二人も牝で来年には乳を出し

一月ほど前からヤギを飼い始めた。それも五頭も。雌が四頭に雄が一頭。牝のうち、一頭が二頭の牝の母親で、乳を出している。お蔭で、毎朝、毎夕の乳搾りと近くの草地までヤギを連れて行き、連れ帰るのが日課となってしまった。ヤギの他にも、鶏、それも卵をあまり生まないウコッケイが30羽はいて、それに加えてネコが四匹、内二匹は、貰い手募集中の子猫です。それに飼い犬が二頭、これは親子です。それに毎日朝から夕方まで引き受けている犬が一頭、計三頭。
三年前に会社を首になって、それでは誰にも邪魔されることのない、株式投資と不動産の運用で生活をしてやろうと、一念発起した。約一年程で投資に成功、やっと待望のリタイヤ生活がスタートしたと思ったら、今度は自ら招いた動物の世話で一日の半分は潰れる生活。ある意味で会社勤めをしていた時よりしんどい。何しろ、休みとなる日が無い。
動物の世話の他に、家庭菜園の世話もある。普通の家庭菜園らしく、10坪か20坪の広さで抑えておけば良かったのに、現在では借りたり、購入したりして、自由に使える農地が1000坪を超えてしまった。とても、一人では管理できる広さではないので、他人に貸したり、必要とする作業が少ない作物を植えている。
当然のことだろうが、この毎日の労働の対価として、卵と野菜、ヤギ乳が手に入り、いざとなれば、一月や二月の食料断絶には耐えられる体制となった。その上、我が家の水道は、井戸水で、井戸ポンプも非常用の自家発電装置で、数カ月は稼働する。玄関には薪ストーブを設置し、燃料となる薪も、10トンは備蓄している。これで、多分一年以上は調理も暖房も賄える。
これで、インフレになろうと、消費税が20%を超えようが、我が家は大丈夫だ。